December 25, 2007

クリスマス会

クリスマス会
義兄夫婦のお家の、クリスマス会のお招きにあずかりました。

デコより5ヶ月早く生まれた従兄弟も、すくすくと成長しています。
デコと違って
一歩一歩慎重に歩いて、ほとんど転ばないし
パズルをはめるなど、図形に強く、物の扱いも丁寧です。
赤ちゃんによって、性格も違うんですね…

そんな、性格の違う二人ですが
どうやら、気が合うようで
この日、二人で声を上げて笑いながら鬼ごっこをしていました。
(デコはハイハイでしたが…)
時折、ハグしたりして
本当にかわいらしくて
ほほえましくて
ちょっとジーンとしました。

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December 18, 2007

弟の彼女

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日曜日、弟が彼女を連れて遊びに来た。

私の結婚前の一家一大事を弟が間を取り持って治めてから
付き合う事自体にも慎重になっていたように見えていたので
ほっとした。

私たち夫婦より8つも下の女の子だったけれど
とても素敵な子だった。

弟と私は趣味が合うらしい。

2008年は、我が実家に2年ぶりに台風が到来するのか
それとも、すーっとハッピーな方向に向かうのか
私にも、弟にも読めていない。

ともかく、彼女の弟は16歳だというし
若いジェネレーションとの交流は、とても楽しそうだ。

今、こうしている間にも
将来家族になるであろう人が、
まだ知らないところで人生を歩んでいるんだろうなと思うと、不思議だ。

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September 02, 2007

初めての家族旅行

先週一週間、夏休みをとりました。
デコも保育園へ行かず、一緒にすごしました。

一泊で実家へ、もう一泊を蓼科の親湯ですごしました。

実家では、私の母と父にかわるがわる抱かれ
泣きもせず、元気ですごしていました。
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父の経営する漢方薬局の百味箪笥を端から開け、
大棗(なつめ)やシナモンを舐めて喜んでいました。

蓼科の親湯は、ネットで
「赤ちゃん、温泉」と入れると出てくる温泉で
赤ちゃんプランが有名です。

まだハイハイ・つかまり立ちの状態の赤ちゃんづれにとって
広い畳敷きが何よりうれしい!
内湯まで抗菌の畳敷きで、みんな元気でハイハイしていました。

ご飯も美味しいし、チェックアウト12時でゆったりだし
本当に見も心もリフレッシュしてきました。

子供が遊べるコーナーもあって、
最初はぎゅーっと服をつかんで離さなかったデコも
慣れるとロディに乗ったり、色とりどりのゴムボールで遊んだり
とても楽しんでいるようでした。
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最近、怖い、とかうれしいとか
感情表現が豊かになってきたデコ。

「マムー」という音を出せるようになってきたので
もうすぐ「ママ」って言えるのかな♪
と、とっても楽しみにしています。

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May 10, 2007

いいコンビ

生活共同体としての夫婦は

お互いに「こういうところは、すごいなぁ」と思うことでうまくいく気がする。

料理は好きだし、こまごました掃除は好き。

事務的なことを片付けるのもわりと得意な私だが

水周りをぴかぴかにしたり、棚をこしらえたり

大胆な模様替えをして、部屋を広くしたりという事は

旦那にはかなわない、というより、旦那でなければ出来ない。

絵を画いたり、図形パズルを解いたり、根気のいる細かい仕事も、旦那の足元にも及ばない。

子供を育てていくことを考えても

苦手な分野を補ってくれた瞬間、「このひとといっしょになってよかった」とあらためて思う。

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May 03, 2007

初孫

初孫
デコを連れて親子3人での初里帰り。

結婚に大反対し、旦那との会話もぎくしゃくしがちな私の父が

一体どんなジジぶりを発揮するか、非常に楽しみだったわけですが

実際、拍子抜けするぐらい孫を愛おしむジイチャンでした。

最近、親以外に抱かれると泣くデコですが、ジジの膝では神妙にしています。

言葉少なく、寝かしつけるのも「寝〜ろ、寝〜ろ…」っていう風で、猫撫で声を出すわけでもないのですが

大切そうに見詰めています。

何だかじ−んとしてしまいました。

旦那は、父と二人の時、ひそかに渓流釣りに誘われたそうです。

孫はかすがい、ですか…

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December 09, 2006

このごろ考えること

結婚したからといって、いい妻になれるわけではない。

苗字が変わったからといって、いい嫁になれるわけではない。

子供が出来たからといって

子供を産んだからといって、いい母になれるわけではない。

旦那を愛し、父や母を愛し、子を愛し

すなおに傾ける耳を持たなければ

いい妻、いい嫁、いい母にはなれない。

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October 11, 2006

親バカふたり

お腹の子の凄い能力を発見です。

相方がお腹に耳を当てているとき

「ぱぱが聞いてるよ!ぐーちゃん(注)キック!」と言うと

なんと、ドン!と蹴るようになりました・・・きっと天才だ!

注:まだ、性別がわからないのでこう呼んでいます。

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October 03, 2006

あくる日

Image078 土曜日、山の上に昔からある旅館に泊まった。

山の朝は、本格的な秋の気配で

すぐ目の前の湿地帯では草木が色づき始めていた。

「なんだか、秋って物寂しいね」

そんな感覚を、旦那のおとうさまと共有できるのがうれしかった。

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October 02, 2006

お月見コンサート

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久しぶりの更新となってしまった。

元気ではいるけれど、博士号取得のためにのみエネルギーが消費されていく日々で・・・・

******

土曜日、伯父の一周忌に合わせて開かれたお月見コンサートに出席した。

都内から車で2時間半、とある山の上に、伯母が経営するレストランがある。

毎年恒例の会だが、今年はForest II という林知行&美澄夫妻によるポピュラーピアノ連弾デュオを招いてのコンサートだった。

ほのぼのとして、いつも一緒、という雰囲気の素敵なご夫婦だ。

実は、伯父には人知れず作曲が趣味であった。国体で使われた曲もあったそうだが、多くは人目に触れることも無く音になることも無く、眠っていた。

今回、生前から伯父と親交のあったお2人が、その曲たちをよみがえらせてくれたのである。

無骨で、我がままで、きかん坊で、むちゃくちゃだった伯父。

林知行さん曰く、「本当に本人のものかと疑うくらい、きちんとした手書きの楽譜」に起こされていたという曲達は

切ないくらいロマンティックで、繊細で、素直で

思わずぐっときた。

母の目から、涙があふれていた。若い頃、伯父には本当の妹のようにかわいがってもらっていたという。

薄くなった頭をなでつけながらはにかんでいる伯父が、会場の隅に見えたような気がした。

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July 26, 2006

帰省no.2

実家で雑誌の「妊すぐ」を見ていたら、母が

「おばあちゃんになるための準備雑誌はないのかしら?」と

ちょっと不満そうだった。

マタニティウエアーを真剣に選ぶ私に

「あんたは、今ある服をいかに使うかを考えなさいよ!もったいない。
 なんだったら、私のワンピースをあげるわよ。
 おばあちゃんは、かわいい孫の着る服を見るの♪」と

雑誌を奪っていってしまった・・・・末はダメばあちゃんか?!

父は、相変わらずものを言わない人だった。

一泊した朝、突然相方に向かって「滝でも見に行くか?」と言い出した。

私だけまだパジャマだったが、相方が不安そうな顔をするので

化粧もせずに着るものだけ着て、靴を履き始めている父を追った。

家から車で30分ぐらいのところに、有名な景勝地がある。

車の中では、私だけが雄弁だった。父に話しかけ、父の答えに相方が相槌をうった。

滝のそばまで車で行くと、

「おまえは階段が滑ってあぶないから、ここにいなさい」と

独りで歩き始めた。相方が後を追った。

「もしかしたら、2人で来たかったのかな・・・」なんて思いながら、車の中で本を片手にうたた寝をしていた。

家に帰って聞いてみると、別に特別な話をしたわけではなかったらしい。

父なりの、おもてなしだったのだろう。

***

父のエピソード。母談

「そういえばお父さんね・・・・

 『子供には俺の名前は使わないのか?』とか言うのよ。 

 ばかね、それは○○郎(弟)の子供が生まれたときでしょ、って言ったら

 『そうか・・・そうだよな・・・』って、ちょっと寂しそうで

 その後も、『・・・いかんいかん、今回は違うんだ』とか、ひとりでぶつぶつ言ってるのよ・・・」

やはり、孫が生まれるのはうれしいらしい・・・

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July 22, 2006

帰省

帰省

結婚式以来会っていない、私の両親に会いに出掛けます。
妊娠してから、初めて会います。
ま、父は何にも言わないでしょうが。
相方にどんな対応をするのか、
結構楽しみです。

全然関係ありませんが
昨日の夜、
洗い立ての髪を触っていて
「はっ」と気付きました。
触り心地が、チキンラーメンそのものだということに…

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May 24, 2006

昼下がり

さっき、結婚式で両親へ送るメッセージを考えながら、食堂で独りカレーを食べていた。

「感謝していること、愛情を感じたこと」・・・

喘息の発作を起こした時に母が寝ずに背中をさすっていてくれたこと、

受験で情緒不安定になった私を、父が無言で受け止めてくれていたこと、

手術を執刀している時に撮った私の写真を、父がいつの間にか額に入れていつも見えるところに飾っていること・・・・

考えているうちに鼻の奥が熱くなって涙がこぼれそうになった。

カレーを食べながら、独りで泣くのはマズイ。

あわててご飯を飲み込んで、何回も瞬きした。

でも、ダメだ。こみ上げてくる思いは止まらなかった。

人もまばらな食堂で、紙ナプキンを手に泣いている自分がなんだか可笑しかった。

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May 14, 2006

親の気持ち

親の気持ち

母とウエディングドレスの仮縫いに行って来ました。
自分のために縫い上がってきたドレスは、
真っ白で眩しく、気品があり
母は少し潤んだ眼で
「綺麗ね…」と溜め息をついていました。

お昼を食べながら
女同士の話に花が咲きました。
父が、なんかの拍子に
「うちには(建築士の)あいつがいるじゃないか」
なんて言ってることを聞き、
やっと認め始めたなぁと
温かい気持ちになりました。
母に、「寂しいけれど女の子がいて本当によかったよ」なんて言われると
ジーンとしてきてしまいました。
次に母に会うのは、当日になります。
両親が、嫁ぐ娘に対して抱く気持ちは、
なんとも複雑でなんとも哀しいですね…

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March 07, 2006

ドレスをめぐる争い

dsc00257 日曜日、母と青山にウエディングドレスを買いに行った。

3軒ほど回ってくたくたになって表参道ヒルズで夕食にした。

せっかくの大人の安らぎスポットで、

食事もままならないくらいの大喧嘩になった。

オフホワイトでやわらかくて目にも優しい、天然シルクを使ったインポート物を着たい私と

凛としてすっきりとした真っ白なマーメードタイプが気に入った母。

「背筋を伸ばしたきりっとした花嫁のほうが、あなたらしい」という母。

違うのにな。相方といる私は、優しく柔らかでありたいのにな。

でも、私が高いインポートは確かに、贅沢だし、

マーメードもいいかもな・・・と考え始めていた。

「あなたの好きなものを着なさい。でも、お母さんは・・・」

「でも、お母さんは・・・」と何度も同じことを繰り返す母に


私が明らかにむっとしたのだろう。

「あなたが、そんなに怒るとは思わなかった。

お母さんが母親としての意見をどう言ったって、あなたはいつだって自分の思うとおりにやってきたじゃない。こういう風に、双方が言いたいことを言い合うっていうのが、話し合いなんじゃないの」

「違うんじゃないかな。今回は出資者のお母さんが納得したものを選ぼうと思ってるよ。でもさ、この話し合いのゴールは、『私が着たいものを選ぶ』ってことでしょう?お母さんはそういう風に言ってくれたよね。でもさ、今、お母さんの心の中にすでに『A』っていう答えを用意しておいて、それがいかに良いかを並べ立ててるだけじゃない?お母さんの意見を取り入れつつ考えているのに。私がどういうドレスを着たいかを真剣に考えようとしてないように見えるけど。それに、ドレス選びに『母としての意見』って、必要なの?」

「お母さんは、ただ、女としての意見を言ったつもりで、意見を押し付ける気はないの。」


「・・・親子である以上、出資者である以上、『ただ、女としての意見』として相手に伝わることはありえないでしょ?」


「私は、母としていつもこんな風に意見を娘に押し付けてきたのね・・・・」

母は、過去まで巻き込んで反省してシュンとしてしまった。


「でもね・・・」上げた顔に、まだ「でも」といい足りなさがにじみ出ていて

私はただ、首を横に振った。


「もう、いいよ。わかったから・・・」




何でも、言いたい事をいいあえる親子関係を壊したくなかった。

明日、ゆっくり考えよう。そう思った。

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February 20, 2006

母とキャッツ

dsc00253.jpg

母がどうしてもキャッツがみたいというから、チケットを取った。

わたしは10年位前にブロードウェイで見たからどっちでも良かったけれど

母と出かけるのは楽しいから、がんばっていい席を取った。

2階席の一番前。ネコたちがすぐそばまで来た。

英語で見たときは何がなんだか全然分らなくて

「ジェニコキャットとかいってるけど、なにそれ!?」

とか、話の流れが全くつかめなかったけれど

日本語で見て、やっと理解した。

「ジェニクルキャット」ね!世界中のネコがこう呼ばれたいと思っている高貴な名前らしい。

母は、しきりに「お母さんは、孫を連れてきたいわ!」と目をきらきらさせていた。

ちゃっかりと、少女の心を持ち続けている人なのである。

ほぼ親戚だけで行う結婚式と披露宴。

人数を制限しているだけに、あちらを立てるとこちらが立たず・・・・

ま、希望だけ伝えて母に丸投げしました。よろしく。よしなに。

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January 08, 2006

「ためておくこと」

実家の台所で、母ととりとめもない話をしていた時
 (母と娘の会話なんて、大方そんなところである)

何の話の流れだったか

「私はね、その人が、お姑さんと一緒に暮らしていたかどうか、大体わかるのよ」

と、言い出した。

お姑さんと四六時中一緒にいる人は

「いってもいい事と悪いこと」の区別がついているのだという。

何においても、「正しい目」を右肩の後ろの方に感じながら

言葉を選んで話せる人が多いそうだ。

「私なんか、おばあちゃんが亡くなった今も
 大根一本買うのにさえ
 『おばあちゃんだったらどうしたかしら』って
 考えちゃうもの。」

というものなのだそうだ。

たとえ、お姑さんと一緒に住んでいなくても

自分以外の「言ってはいけないこと」の価値判断基準を持つことは

大人の女としては、必要だな、と

ちょっと、勉強になった。

当たり前なんだけど、

「言いたいこと」と「言ってもいいこと」は違うし

「言うべきこと」と自分が思っても「言ってもいいこと」ではない場合も多い。

自分の中に「ためておくこと」も

大人の女のたしなみ、かしら・・・

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December 30, 2005

愛情チャーハン

今日、実家に帰ってきた。

相変わらず無口な父は、「あぁ」という風に眉を上げただけである。

母が、二週間も前から風邪が治らないという。

鼻声で、咳をしながら
 「仕方ないのよ。
  私が休んじゃうとお店(自営薬局店)が回らないし
  年末で休める状況じゃなくて・・・」

なんて、力なく笑っている。

「もう、今日は私が全部するから。早く寝て!」と

強引に寝かせた。

「じゃあ、一つだけお願い。
 お父さんには野菜たっぷりのチャーハンでも作ってあげてね。
 私は、油っぽいからチャーハンはいらないわ。」

と、母に頼まれたので、腕を振るってみた。

私が帰ってきてから、「あぁ」としか言わない父の部屋に運んだ。

「・・・いらん。」

「せっかく作ったんだから、あったかいうちに食べてよね!!」

「・・・・」

どういうことかしら!!!と頭に来たが、しょうがない。

台所を片付けていると、

「お母さんに茶を入れろ!」と、父がおもむろにやってきて、

机の上のあんころ餅をほおばり始めた。

「お父さん、チャーハン食べたの?食べたらお皿を持ってきてよ」

「いいから、茶を入れろ」

「食べないんなら、捨てるよ。」

「・・・お母さんに食わなせなきゃ困るだろ。持っていってやれ。あいつが食わないっていったら、食う。」

「だって、お母さんはいらないって言ったもん。違うもの、作るよ。

「いいから、茶をもってってやれ」

なんだよぉ、と思いつつお茶をいれ、父の部屋にあるチャーハンをとりあえず下げに行ったら、チャーハンが消えていた。

不思議に思いつつ、母の部屋に行くと少しげんきになった母が、

「このチャーハン、おいしかったわよ。油っぽくなくて。ありがとうね。今ね、足が冷たくて寝られなかったら、お父さんがカイロをたくさん入れてくれたの。」

「・・・お父さん、持ってきたんだ。で、自分はお餅食べてるけど。」

「え、どういうこと?お父さんは食べてないの?」

「『お母さんに食わなせなきゃ困る』ってさ。」

「もう一回、これを作ってあげてよ。きっとお餅だけじゃおなかが空くわ。」

台所に戻ると、父が、小さな加湿器付の電気ストーブに、せっせと水を注いでいた。

相変わらず、私には何も言わない。

しょうがないから、私も何も言わずにチャーハンをもう一度作った。

「後で食べてね。」ラップをかけて机の上に置いた。

本当に不器用な人だ。

ただ、信じるしかない。理解するしかない。

悪意の無いこと、行動は愛情があること、

不器用な自分に、自分が一番苦しんでいること。

言葉がたりないだけ。

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December 08, 2005

父のDNA、母のDNA

性格がコードされたDNA、というのがあるとしたら

私と弟は、それぞれが間違った方を受け取った。

ityounoki  頑固で頭に血が上りやすくて
自分の尺度以外で人を計るのが難しくて
やるとなったら、とことんやる

そんな性格を、父から受け継いだのは私。

考え方がフレキシブルで
周りの空気を感じて自分を合わせるのがうまく
人の立場にたって考えるのが得意で
どんな状況でも生きて行けるが
自分で考えて、とことんやることが不得意。

そんな性格を、母から受け継いだのが弟。

両親は、小さい頃からそれを大層心配していた。

「父さんって、あの性格だと生きにくいだろうなと思わない?
 でも
姉貴はさ、あの性格でさらに女だから
 こんなに生きにくいことはないよなぁ・・・」

弟がつぶやいたことがある。

もちろん、医者になってから、社会人になってから
それなりの社会性は身につけたけれど・・・

そして、もっと怖いのは

「おれさ、姉ちゃんみたいな強い女が好きなんだよね」と言っていることである。

身内に3人も、こんな性格の人はいたら困るよ・・・・

考え直した方がいいよ、弟君。

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November 14, 2005

AKAGI山の伝説の男

今日、弟と なくなった叔父に線香をあげに行った。

告別式に700人、火葬場に120人が集まったという。

といっても、叔父は大きな会社に属していたわけではない。

みんな、個人的なつながりの人達。義理でなく、心からのお別れを言いに来た人達。

破天荒な叔父で思いついたらすぐ実行。

するめいかを大量に手に入れて、築地で売りさばくはずが

当日、何かの事件で道路が封鎖されて納品が間に合わず・・・

台湾から仕入れたうなぎは、いけすのエアーコンプレッサーが故障して全滅・・・

喫茶店を始めては、わずか数ヶ月でつぶし・・・

本業のAkAGI山のボート場や山荘経営を

必死で切り盛りしていたのは叔母であった。

その叔母は

「数百万単位のお金を、持って行っては全部ダメにするんだもの。

 いつも、貧乏だったわよ。

 でも、私も、内心は楽しんでいたのかもしれないねぇ。

 告別式には飲み屋のママまで、3人ぐらい来てさ。

 ツケでも、回収しに来たかと思うじゃない?

 そしたらさ、『いいえ、きれいな飲み方でしたよ

 お友達を連れていらしても、釣りはいらない、って感じの』なんてさ・・」

と、笑いながら言っていた。

叔父は、不死身だった。

左肩が痛くてたまらない、と近所の病院へ行ったら

「こりゃ、たいへんだよ。心筋梗塞を起こしかけてる。

 すぐ大きな病院へ行かなきゃダメだ」

と言われたにも関わらず

「何言ってんだ。仕事があるんだ。病院になんて行ってられるか」と

AKAGIの湧き水を、お得意さんの家に配る仕事を夕方まで続け、

いよいよ痛くなったので、

自分で軽トラックを運転して病院に横付けし

「時間外です」と断られると

「心筋梗塞だってよ。見てもらえって言われたんだから診察しろ!」

と、大暴れし

半信半疑で検査した医師が、顔色を変えて

すぐに手術室へ運んだ時には、広範囲の心筋梗塞を起こしていたという。

でも、その後、奇跡的な回復を見せ

なんと、一度死んでしまったはずの心臓が

数ヵ月後の検査で、生き返っているのがわかり、

医者も目を疑ったらしい。

そんな叔父だったから、

みんなが口をそろえて「いい葬式だったな」と言うほど

列席者みんなが、「笑い泣き」してたという。

「死に様が 生き様」

と言うけれど

AKAGI山の伝説の男は

伝説になるような葬式で、心から惜しまれつつ他界した。

どちらかと言えば、天国には行けなさそうだけど

叔父はきっと

地獄のえんま様さえ、ツーといえばカーの間柄に違いない。

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September 30, 2005

弟よ・・・

昨日、都内に住む弟と相方と3人で恵比寿で飲んだ。

今回の私達と両親とのいざこざを、心から「ためになった」と喜んでいるのは

何を隠そう、弟である。

結婚に大反対をしていたころの父親の話を、親身になって聞き

「父さんは、一人じゃない。理解者がいるじゃないか」という立場で

父親の心を溶かす、最大の立役者となったのであるが、

父親の「結婚観」に触れる中で、

「俺は、父さんが思う『幸せな結婚』が、よく分かる。俺も、結婚する時にはその『結婚観』にあった人と結婚する」

と考えはじめるようになったという。

そんな、弟の様子を見て、父親は

「おれは、弟の時にはどんな相手を連れてこようが、何も言わない」

とまで、言い出した始末だ。

小さいころから、いつもそうだった。

破天荒な私が、父親と正面衝突するたびに

弟は、同じ轍(てつ)を踏まない方法を学んできた。

なんだか、ずるい気もするが、

結局家を継ぐことになる弟が、両親とうまくやり、信頼を得ることは喜ばしい。

弟よ、これからも姉の、両親の、よき理解者でいてちょうだいね。

そして、新しく兄弟の契りを結ぶ、兄を

本当の兄だと思って、頼ってちょうだいね。

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June 21, 2005

母親

最近、母親に似てきた。

もともと、どちらかというと母親に似ていたけれど

仕事を始めてからは、「眼の辺りなんて、お父さんそっくりね」といわれることが多かった。

父親は、眉毛も薄く槍投げ選手だった過去をしのばせる筋肉質な上半身とで

「レザボアドック」の「ハーヴィーカイテル」みたいな、要するにマフィアのような感じなので

似ているといわれても、どうしていいのか分からなかった。

最近は、皮膚感とか、髪の生え際とか、毛質とか、肌一枚の上に漂っている雰囲気とか、

薄ぼんやりしたところが恐ろしいように母親に似てきた。

この年になると目覚める遺伝子たちが、ことごとく母譲りなのだろうか。

 怖い年になってきました。

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